Blue Blood Bros.
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BBBの歴史

1999年、ジャック・マイヨールに薫陶を受けた松元恵の元に集まった有志達でチームを発足させる。今野喜朗が国内予選でスタティック5分32秒の当時の日本記録を樹立、エジプトで行われた国際大会『レッドシー・ダイブ・オフ99』に日本代表選手として参加。

2000年、篠宮龍三がチーム名をブルー・ブラッド・ブラザーズと命名。都内でプール練習、西伊豆の井田で海洋練習を行い、活動が本格的にスタートする。小口彰、松元恵がワールドカップ・フランス大会に日本代表として参加。また篠宮はワールドカップ・スイス大会に参加、総合3位入賞。2001年、井田にクラブハウスを置き、海洋練習の活動拠点とする。山内知子と松元は第3回世界選手権(団体)・イタリア(イビサ)大会に日本代表として参加。

2002年、松元、山内、篠宮、今野はパシフィックカップ・ハワイに日本代表として参加。BBB4人は女子チーム総合2位入賞、男子チーム総合3位入賞の原動力となった。2003年井田にて第1回日本選手権が行われ、篠宮と松元が初代日本王者となる。また篠宮はBBBのサポートの下、井田にて日本記録アテンプトを行い、コンスタントウィズフィンで当時の日本記録76mを達成。ジャック・マイヨールが1970年伊豆で達成したノーリミット当時世界記録76mに並ぶ。小川幹寛がインドアカップ平塚で総合優勝。

2004年、第4回世界選手権(団体)・カナダ(バンクーバー)大会に篠宮、富永直之、松元が日本代表として参加。

2005年、世界選手権(個人・プール)・スイス(レネン)大会と世界選手権(個人・海洋)・フランス(ニース)大会が行われ、篠宮、松元、山内、大島俊が日本代表として参加。松元はコンスタントウィズフィンで60m、篠宮はダイナミックウィズフィンで154mの当時の日本記録を樹立。山内はハワイで行われたコナ・フリーダイブ・インビテーショナルで総合優勝、日本人初の国際大会個人総合Vを果たす。

2006年、第5回世界選手権(団体)・エジプト(ハルガダ)大会に篠宮、大島、富永が参加、コンスタント部門で2位入賞。インドアカップ館山で山野智恵子がスタティックの当時の日本記録5分34秒を樹立。

2007年、世界選手権(個人・プール)・スロベニア(マリボル)大会に篠宮、富永、山内、今野が日本代表で参加。富永は銅メダル獲得、日本人初となる世界選手権メダリストとなった。世界選手権(個人・海洋)・エジプト(シャルムエルシェイク)大会に篠宮、松元、山内、橋詰ゆう子、今野が日本代表で参加。山内がコンスタントノーフィン31mの当時日本記録を樹立。インドアカップ関西で大島がダイナミックウィズフィンの当時日本記録181mを達成する。

2008年、第6回世界選手権(団体)・エジプト(シャルムエルシェイク)大会に篠宮、松元、今野が日本代表として参加。松元を擁する日本女子チームは3位入賞。また篠宮はバハマ大会にて日本人初となるコンスタントウィズフィンで水深100mに到達する。

2009年、バハマ Locals Dive-Offにて篠宮が107m、山内が70mのコンスタントウィズフィンの日本記録をそれぞれ樹立する。

2010年、Vertical Blue(バハマ)にて篠宮が115mのコンスタントウィズフィンの日本記録を樹立。また同年、日本初の世界選手権(団体)が沖縄で開催。松元、篠宮、大島、今野、北浜が日本代表に選出され、BBBの4人は女子チーム総合優勝(金メダル受賞)、男子チーム総合2位(銀メダル受賞)入賞の原動力となる。

2011年、世界選手権ギリシャ大会(個人・海洋)に篠宮、大島、今野、熊澤(元BBBリ
ーダー)、北浜が日本代表として参加。



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